
亜鉛欠乏症
Medical information亜鉛欠乏症とは
亜鉛は身体の様々な機能を維持していくために働いているミネラルで、われわれに必要不可欠な栄養素です。成人の体内には約2g存在しており、亜鉛が不足すると様々な症状が現れます。
●国内の状況
1961年にヒトでの亜鉛欠乏症が初めて報告されて以降、今日でも発展途上国を中心に全世界では20億人が罹患しており、日本では15~25%の方に認め、先進国の中では最も割合が高いと報告されています。
国内では2016年に初めて信頼できる診療指針である「亜鉛欠乏症の診療指針」(日本臨床栄養学会)が発表され、その後、2017年に国内で低亜鉛血症に対し酢酸亜鉛製剤(薬剤名:ノベルジン)が使用可能になったことなどから、2018年に改訂されています。
●亜鉛の吸収と存在部位
食事中の亜鉛は主に十二指腸、空腸で吸収され、その吸収率は約30%といわれています。腸管より吸収された亜鉛は全身に運ばれるため、亜鉛は生体内に広く分布し、筋肉(60%)、骨(20~30%)、皮膚・毛髪(8%)、肝臓(4~6%)、消化管・膵臓(2.8%)、脾臓(1.6%)、そのほか腎臓、脳、血液、前立腺、眼などの臓器にも多く存在します。
●亜鉛の体内での働き
亜鉛は体内の多くの酵素(亜鉛酵素)の活性化に必要な成分であり、さまざまな生体内の反応に関与しており、アミノ酸からたんぱく質への再合成、細胞分裂や核酸代謝(DNAの合成)などにも重要な役割を果たしています。そのため亜鉛の体内での働きは多様であり、①味覚(味を感じる味蕾細胞の産生)、②皮膚代謝、③免疫機能、④生殖機能(特に男性)、⑤骨格の発育や身長の伸び、⑥神経感覚、⑦認知機能などに関与しています。
症状
亜鉛が欠乏すると亜鉛酵素の活性が低下するため、様々な障害や症状が発症します。特にタンパク質合成が盛んな部位や亜鉛が高濃度に存在する部位で障害が生じやすいと考えられます。
- 味覚障害
亜鉛欠乏症の特徴的な症状で、薬剤性がもっとも多いとされています。味を感じる味蕾細胞の産生には亜鉛が必要になります。 - 貧血
スポーツ選手が亜鉛欠乏をきたすと、赤血球への影響と、強度の機械的刺激などにより溶血し貧血になりやすくなります。スポーツを本格的にされている方や妊産婦の方で貧血に対し治療(鉄の補充など)を受けられても改善しにくい場合、亜鉛欠乏も合併している可能性があります。 - 皮膚炎
開口部(口、鼻、臀部など)や爪の周囲に発症するのが特徴的です。また機械的刺激を受けやすい部位(乳幼児の後頭部など)にも発症する傾向があります。 - 免疫機能低下
亜鉛が欠乏すると多くの免疫機能系に障害が生じ、免疫機能が低下することが分かっています。免疫機能が低下することで、感染症(風邪、肺炎、ヘルペスなど)にかかりやすくなり、また重症化しやすくなります。 - 生殖機能の低下
精巣には高濃度の亜鉛が存在するため、亜鉛が欠乏すると性欲の低下や精子数の減少(男性不妊症)が生じます。 - 発育不全
体重増加不良や低身長との関連が報告されています。 - 脱毛症
- 食欲低下
- 口内炎
- 認知機能障害
前述したように、亜鉛には免疫に関係する役割があり、コロナウイルスに対しては複製を阻害する働きがあると考えられています。そのため新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大後、現在までに新型コロナウイルス感染症と亜鉛欠乏との関連が多数報告されています。
国内では長期の亜鉛不足が新型コロナウイルス感染症重症化の危険因子になりえることが報告されています。また海外では、亜鉛補充が肺炎の発生率や下痢などの症状を改善させる可能性があるとする報告や、入院時に亜鉛レベルが低い患者は死亡率が高かった(亜鉛欠乏例は予後不良)とする報告もあります。実際に米国では、新型コロナウイルス感染症の治療の一環として亜鉛投与が行われています。
原因
亜鉛欠乏の要因としては、様々なものがあります。妊婦や高齢者でも欠乏になりやすく、また特定の薬剤の長期服用(関節リウマチ、パーキンソン病、うつ病、糖尿病、甲状腺機能亢進症、痛風、てんかんなど)も欠乏の要因となる場合があります。
治療
下記の診断基準を用いて治療の適応を判断します。
1. 下記の症状/検査所見のうち1項目以上を満たす
- 1) 臨床症状・所見
皮膚炎、口内炎、脱毛症、褥瘡(難治性)、食欲低下、発育障害(小児で体重増加不良、低身長)、性腺機能不全、易感染性、味覚障害、貧血、不妊症
- 2) 検査所見
血清アルカリホスファターゼ(ALP)低値
※肝疾患、骨粗しょう症、慢性腎不全、糖尿病、うっ血性心不全などでは亜鉛欠乏であっても低値を示さないことがある
2.上記症状の原因となる他の疾患が否定される
3.血清亜鉛値 3-1:60μg/dL未満:亜鉛欠乏症
3-2:60~80μg/dL未満:潜在性亜鉛欠乏症
血清亜鉛は、早朝空腹時に測定することが望ましい
4.亜鉛を補充することにより症状が改善する
亜鉛欠乏症の症状があり、血清亜鉛値が亜鉛欠乏または潜在性亜鉛欠乏であれば、亜鉛を投与して、症状の改善を確認することが推奨されています。
1.食事療法
亜鉛含有量の多い食品を積極的に摂取することが推奨されます。牡蠣、肉類のレバー、牛肉、ウナギ、米、豆腐などに亜鉛は多く含まれています。ただ食事療法だけでは改善しない場合が多く、通常は薬物治療(亜鉛補充療法)が必要となります。
2.薬物治療
亜鉛欠乏症の診断基準を満たした場合、薬物治療(亜鉛補充療法)の適応となります。服用する酢酸亜鉛の量は、目安として学童以降から成人では50~150mg/日、幼児では25~50mg/日とされています。
亜鉛補充の副作用として、嘔気・嘔吐、腹痛などの消化器症状、血清膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)の上昇、銅欠乏による貧血・好中球減少、鉄欠乏による貧血が報告されています。銅および鉄欠乏の原因は、亜鉛投与による腸管での銅、鉄の吸収が抑制されるためであり、治療中は血清亜鉛値以外に、血清銅値、血清鉄値も数か月ごとに測定することが勧められています。最低でも数か月間は内服を続け、以後は血液検査の結果や症状を参考にしながら服用量を調整していきます。
※亜鉛の推奨量・適正摂取量
男性 10mg/日
女性 8mg/日
妊婦 10mg/日
授乳婦 11mg/日
※亜鉛を多く含む食品の例(大人1食分の亜鉛含有量)
牡蠣60g(5粒) 7.9mg
牛・肩ロース70g 3.9mg
納豆約40g 0.8mg
豚レバー70g 4.8mg
鶏レバー70g 2.3mg
精白米(茶碗1杯)150g 0.9mg
参考文献
1)日本臨床栄養学会:亜鉛欠乏症の診療指針2018. http://jscn.gr.jp/pdf/aen2018.pdf
2)児玉浩子ら:亜鉛欠乏症の診療指針2018. 日臨栄会誌 40 : 120-167, 2018.
3)Yasui Y, et al:Analysis of the predictive factors for a critical illness of COVID-19 during treatment - relationship between serum zinc level and critical illness of COVID-19 . Int Infect Dis 100 : 230-236. 2020.
4)Finzi, et al:Zinc treatment of outpatient COVID-19: A retrospective review of 28 consecutive patients. J Med Virol 93:2588-2590. 2021.
5)蒲原 聖可:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防および治療に関する亜鉛の臨床エビデンス . 医と食 13 : 51- 59. 2021.
・日本では15~25%の方に亜鉛欠乏症を認めると報告されており、決してめずらしいものではありません。また亜鉛欠乏症では症状が非常に多彩であるため気付かれていないケースも多く、注意が必要です。
・特に新型コロナウイルス感染症の高リスク群である高齢者や糖尿病の方は、すでに亜鉛が低い傾向にあることが分かっています。また高血圧や高脂血症で薬を長期服用している方も、治療薬の影響で亜鉛が低下している可能性があり、注意が必要です。
・当院では亜鉛の検査や、亜鉛欠乏に対する補充療法を行っております。上記のような症状が気になった場合には、早めに受診していただくことをお勧めします。