コラム
Column2024/11/18
呼気NO検査を開始しました
次のような症状がある方は、気管支喘息(きかんしぜんそく)かもしれません。
- ●咳が止まらない(特に夜間や早朝に悪化)
- ●就寝中に咳こんだり呼吸が苦しくなる
- ●呼吸のとき、ゼーゼーまたはヒューヒューと鳴る
- ●たんが出る
- ●かぜをひくと息苦しくなる
- ●運動したり、冷気や煙にあたると息苦しさや咳が出る
- ●日頃は何も症状がない場合でも、かぜや激しい運動で咳発作が生じ呼吸が困難になる
長引く咳や繰り返す咳症状の方に、息を吹き込むだけで喘息の診断に利用できる「呼気中一酸化窒素濃度(fractional exhaled nitric oxide ; FeNO)」測定検査(呼気NO検査)を当院で実施できるようになりました。
呼気NOとは?
「呼気中一酸化窒素」とは、吐く息(呼気)の中に含まれる一酸化窒素のことで、一酸化窒素をNO(エヌオー)と表記するため、「呼気NO」と呼ばれます。
気管や気管支で好酸球性炎症が起こると気道上皮細胞の誘導型一酸化窒素合成酵素(inducible nitric oxide synthase ; iNOS)が産生されますが、このiNOSの産生亢進に伴って一酸化窒素(nitric oxide ; NO)も産生され、呼気中へ放散されます。このNOを「呼気NO」と呼び、「呼気NO検査」とは、このNOの濃度(fractional exhaled nitric oxide ; FeNO)を測定する検査です。
呼気NO濃度測定(FeNO)は、1993年頃より気道炎症の指標として研究が開始され、国内では2013年より保険診療での測定が可能になりました。下気道の好酸球性炎症のマーカーとして、喘息の診断や気道炎症のコントロールの評価に有用とされています。
喘息とは?
喘息とは、「喘息予防・管理ガイドライン」(日本アレルギー学会監修)において、「気道の慢性炎症を本態とし、臨床症状として変動性を持った気道狭窄(喘息、呼吸困難)や咳で特徴付けられる疾患」とされています。
さらに、気道炎症に関しては、「好酸球、好中球、リンパ球、マスト細胞などの炎症細胞、加えて、気道上皮細胞、繊維芽細胞、気道平滑筋細胞などの気道構成細胞、および種々の液性因子が関与する。自然に、あるいは治療により可逆性を示す気道狭窄は、気道炎症や気道過敏性亢進による。持続する気道炎症は、気道傷害とそれに引き続く気道構造の変化(リモデリング)を惹起して非可逆性の気流制限をもたらす」と記載されています。
つまり、病気の本態は気道壁の炎症(好酸球を主体とした細胞浸潤)で、そこに遺伝的要因や炎症を要因として気道過敏性の亢進(少しの刺激で気道が過度に収縮する反応)が生じています。この状況下で、アレルギー原因物質(抗原)を吸入したり、運動したりといった誘発因子が加わると、気管の筋肉や分泌腺が反応し、気道壁がさらに腫れ、気道が狭くなり気流制限をきたします。
この気流制限ですが、喘鳴や息切れという重度の症状をきたす場合ももちろんありますが、症状が軽度の咳のみで呼吸機能検査を受けて初めて検出されるごく軽度のものもあり、幅広い症状をきたします。ただいずれも自然経過や治療により、この気流制限は大きく変動するのが特徴です。
気道の炎症(好酸球性炎症が中心)と気道過敏性亢進が喘息の基本病態。 抗原吸入や運動といった誘発因子によって、咳、喘鳴といった喘息症状が生じる。
喘息の現状
1.有症率と有病率
喘息の場合、喘鳴や呼吸困難感などの症状を有する割合を示す有症率は、各種アンケート調査に基づいて算定されます。2003年の厚生労働省の全国調査によると、有症率は小児11~14%、成人(15歳以上)6~10%と報告されています。また別の厚生労働省の調査(2004~2006年度)では、医師の診断も加味した有病率は成人(20~44歳)5.4%で、小児では乳幼児に、成人では高齢者に症状を認める方が多い結果でした。さらに全国主要9都市でのアンケート調査によると、成人(20~44歳)の有病率は2010年8.7%、2012年9.1%、2017年10.4%と徐々に増加していることが分かります。逆に、小児の10年ごとの経年調査では、1982~2002年に有病率は約2倍(3.2%→6.5%)と増加したものの、その後は2012年には4.7%と減少に転じています。これは他の小児の調査でも同様の傾向です。
以上まとめると、小児の喘息は近年やや減少傾向(有病率5~10%)にある一方で、成人の有病率は少しずつ増加しており、40歳代までの成人の20人に1人は気管支喘息を持っていると考えられ、高齢になるとその割合はさらに高くなると予想されるという結果です。
気管支喘息は決してめずらしい病気ではないということです。
2.男女比
日本でも国際的にも若年齢ほど男性が多く、思春期以後は女性が多くなります。
3.発症年齢
小児では乳児期に発症することが多く、成人では特に中高年での発症を多く認めます。
また小児喘息の約30%が成人喘息へ移行する、またはいったん症状が消失した後成人になって再発するといわれています。
4.喘息死
喘息死(喘息が原因となった死亡)は決して過去のものではありません。
喘息が原因で死亡される方は、終戦後の年間1万数千人から2015年の1511人まで順調に減少していますが、いまだに0人とはなっていないのが現状です。また年齢別に比較すると、死亡率は全年齢層で均等に減少しているものの、死亡数は65歳以上で急激に増加している結果でした。
つまり、65歳以上の高齢者では喘息が重症化しないようにしっかり管理・対策をしていくことが重要となります。
気管支喘息の診断
残念ながら現代の医療においても、気管支喘息の診断に、“ゴールドスタンダード”となり得る客観的な指標はありません。「喘鳴、咳、痰、胸苦しさ、息苦しさ、胸痛」などの症状を認める場合、まず詳細な問診を行い、喘息を疑う場合には吸入ステロイド薬を使用し反応を確認していくことが勧められています。
この際、補助診断として、①吸入薬開始前後での呼吸機能検査、②吸入薬開始前の血液検査(血中の好酸球数を測定)、③呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)測定を行うことが望ましいとされています(当院では①~③とも検査可能です)。
またアレルギーの要因を調べるためのアレルギー検査や実際の痰の中の好酸球を調べる喀痰検査なども必要に応じて組み合わせて行います。実際には吸入ステロイド薬で効果を確かめた後、各種検査結果も参考に気管支喘息と診断します。もし症状が改善しない場合には他の病気の鑑別のため胸部レントゲンやCT検査なども必要になります。
●喘息を疑う患者に対する問診チェックリスト
●気道過敏性を示唆する刺激のチェックリスト
気管支喘息の管理目標
ガイドラインでは以下の項目が示されています。
1.症状のコントロール(増悪や喘息症状がない状態を保つ)
①気道炎症を制御する
②正常な呼吸機能を保つ
2.将来のリスク回避
①喘息死を回避する
②急性増悪を予防する
③呼吸機能の経年低下を抑制する
④治療薬の副作用発現を回避する
⑤健康寿命と生命予後を良好に保つ
この中で気道炎症を評価するために勧められているのが、呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)測定や喀痰好酸球検査です。すなわち、呼気NO検査は喘息の管理にも有用であると考えられます。
呼気NOの測定方法
息を10秒間吹き込むだけの「つらくない」検査です。
当院での一酸化窒素ガス分析装置(NIOX VERO)の場合
- 息を吐き出してからマウスピースをくわえる
- マウスピースから口を離さないようにしながら息を深く吸い込む
- マウスピースを離さずに、流速が安定するように画面を見ながら息を吐き続ける(10秒間)
- 約1分で測定完了
呼気NO検査の対象年齢
一般的に5~6歳以上であれば、アニメーションを見ながら測定できると考えられます。
日本人の呼気NO濃度正常値
日本人の成人健常者における呼気NO濃度の正常値は約15ppb、正常上限値は約37ppbとされています。これらは身長、体重、BMI(body mass index)にも影響を受けないとされています。
喘息診断の補助として用いる場合、吸入ステロイドを未使用の状態で、発作性の喘鳴など喘息を疑う症状に加え、呼気NO値が22ppb以上であれば喘息の可能性が高く、37ppb以上であれば、ほぼ確実に喘息と診断できると考えられています。
呼気NO検査のメリット
<治療前>
- 測定が簡便で非侵襲的に行え、かつ迅速に結果が得られる
- 気管支喘息の診断や好酸球性気道炎症を評価法として有用
- 吸入ステロイド薬の有効性を予測する指標となる(呼気NO高値例では高い効果が期待できる)
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)についても気管支喘息を合併しているケース(asthma and COPD : ACO)では、吸入ステロイド薬の効果を認める場合があり、それを予測するためにも利用でき
<治療中>
- 治療の効果判定に有用
- 喘息の治療中、呼気NO値が高い場合、吸入薬や内服薬の服薬が遵守できていない可能性、吸入薬がうまく吸えていない可能性、アレルギーの原因物質や刺激物に引き続き暴露されている可能性などを疑うことができる
肺機能検査(スパイロメトリー)との違い
以前より当院でも行っている肺機能検査は、気流制限・気流閉塞を測定する最も基本的な検査です。喘息が疑われる場合、最初に行うことが推奨されています。息を吸ったり吐いたりして、肺の働き(肺活量、気流制限の有無など)や呼吸の病気がないかを調べる検査です。また喘息の治療中にも、治療により症状が消失している場合でも気流閉塞を呈していることがあるため、定期的に実施することが望ましいとされています。
- 肺機能検査は肺全体の評価を行うものです
- 肺機能検査では気道炎症の有無を調べることはできません
最後に
長引く咳、痰などの症状でお困りの場合、呼気NO検査を行うことで、気道の炎症の状態を判別しやすくなりました。また喘息と診断された際には、健康な状態を末長く保ちづづけるため、喘息のコントロールが重要になりますが、このコントロールにも呼気NO検査は有用です。
長引く咳や繰り返す咳症状を認める場合、またアレルギーがあり鼻炎と咳が続く場合など、当院へお気軽にご相談ください。
参考リンク先
ぜん息の再発予防のために~専門医からのメッセージ(独立行政法人 環境再生保全機構)
https://www.erca.go.jp/yobou/pamphlet/form/00/pdf/sm001.pdf
参考文献
- 一般社団法人日本喘息学会. 喘息診療実践ガイドライン2024.
- 一般社団法人日本小児アレルギー学会. 小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2023.
- Barnes PJ. Asthma. In : Harrison’s principles of internal medicine. 19th ed. New York: McGraw-Hill Education : 1669-1681, 2015.
- 浅見麻紀, 松永和人 : 喘息診療における気道炎症モニタリングの意義―呼気NO測定、喀痰好酸球、末梢血好酸球―. 日内会誌108 : 1134-1140, 2019.
- Matsunaga K, et al : Reference ranges for exhaled nitric oxide fraction in healthy Japanese adult population. Allergol Int 59 : 363―367, 2010.
- Matsunaga K, et al : Exhaled nitric oxide cutoff values for asthma diagnosis according to rhinitis and smoking status in Japanese subjects. Allergol Int 60: 331-337, 2011.
- 厚生労働科学研究費補助金 免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業 気道炎症モニタリングの一般臨床応用化:新しい喘息管理目標の確立に関する研究班. 呼気NO(一酸化窒素)測定ハンドブック-喘息診断の新しいツール- 2011.
- 藤澤隆夫 : 小児気管支ぜん息における呼気NO測定ハンドブック 独立行政法人環境再生保全機構 2014.